​田淵地区の歴史・伝承

石神台遺跡(いしがみだいいせき)

琵琶首川廻し地形のすぐ近くにある、石神台という高台にある縄文時代後期から晩期(約4500~2800年前)にかけての集落の遺跡。かつてここで畑仕事をしていた人たちは、耕すと出てくる縄文土器(中には完璧な形をしていたものもあったそうです)を、耕作の邪魔だと崖下にポンポン捨てていたんだとか!平成13~14年に道路拡張に伴って発掘調査が行われ、住居跡や土偶などの祭祀関連道具も出土しました。近くには今も土器の破片がザクザク出てくるところもあります。

​①:小石のように見えるのは縄文土器の破片

②:①のアップ

琵琶首館跡(びわくびやかたあと)

​チバニアンの年代測定に大きな役割を果たしたことで有名になった「白尾(びゃくび)火山灰層」の「白尾」はもともとは「琵琶首」と書きました。写真の緑色の部分が養老川の旧河川で、琵琶首の台地は島のようになっていました。上から見ると楽器の琵琶の胴体のような形をしています。この地形を利用し、天正年間安房の戦国大名里見家の跡継ぎ争いに敗れた梅王丸の母と妹がここに幽閉されたと言われています。付近には母子の菩提(ぼだい)を弔う為に建てられた萬蔵寺(まんぞうじ)という寺もあったと伝わっており、いくつもの石仏が残されています。

※琵琶首は現在は「白尾」と「正木」(「正木」も里見家由来と言われています)という2つの小字(こあざ)全体を指す地名となっています。

チバニアンへの道

チバニアンの地層へ行くために見学者の皆さんが通る導入路は、実は大正時代くらいまでは地域の街道でした(県道81号線はまだありませんでした)。北から来られる方は、県道からチバニアンの地層へと細い道を右に登りますが、県道を左に曲がると大多喜につながっています。また導入路を下り、川の手前で養老川に降りないでまっすぐ進むと(現在はテープで通行止めとなっていますが)、隣村の国本(こくもと・国本層のもとになった地名)に通じていました。街道だった証拠に、道路沿いには地蔵尊や庚申塚が残っています。

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